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2021年2月

2021年2月28日 (日)

入院前日

釧路川

  洋に沈みし

    銀光の陽…

なんちゃって。光正心の一句。ホテルの11階にある大浴場から太平洋に沈む夕陽が綺麗でした。

 昨年の本日ではなく本年の今日、今私は釧路のホテルに

明日からの所用の為滞在しています。幣舞橋のそばで釧路一番の繁華街

末広町にいます。コロナ禍でなければと思います。

 昨年の本日夕方近く保健所の紹介でK病院の発熱外来に診察に行きました。

看護師さんの指示に従い救急外来の横の玄関で血液採取。結果は携帯電話越しに先生の言葉は

炎症反応があるので明日、日赤病院で診察検査を受けるようにとの指示を受けました。

体調は高熱が続き下痢はひどい状態が続いていたのですが不思議に咳が少なく痰もほとんど

出ませんでした。しかしあくびが🥱出ると喉の奥、胸の上方が肩の下方がチクンと

針で何回も刺される痛さを感じるようになっていました。

 保健所の女性は明日は絶対、受診受け付けてくれて予約してくれると信じていました。

日常が一番、日常に感謝」

久しぶりの出張外泊。以前は普通に日常でした。

2021年2月27日 (土)

入院まで後2日

 昨年の本日は木曜日。2階の部屋での半隔離生活も5日目になった。

ネットの噂を見た娘から北見で当店も参加した展示会会場で複数のコロナ患者が

発生している模様だと連絡が入った。私のこの風邪症状もまさかコロナなのではと

不安が増長したので保健所の人にその旨、具体的に状況を伝えた。のですが・・・

何かフレンドリーに話が進み話題がすげ替えられて電話が終わり我に返ると病院の紹介の

話も診察、検査の話もなく進んでいないのに気がつき「エー?どうなってるんだ?」「今の電話何だったの?」

保健所の電話口の女性に一抹の不信感を抱いたのを思い出します。

 北見保健所も未経験の混乱の中でもがいていたのかなと思いますが私の不安も増長しもがき始めました。

「少しの不安も先生、看護師さんに伝えましょう。」

夜、目が覚めると思考がマイナスになります。不安は小さなうちに取り除きましょう。

 

2021年2月26日 (金)

入院まで後3日

 昨年の本日は水曜日。土曜日(22日)発熱後、日曜日(23日)、月曜日(24日),火曜日(25日)

すでに4日経過しても体温は高熱のまま。おまけに下痢症状も悪化の一途。

 高血圧の既往症があり降圧剤もわずかになってきたので行きつけのK循環器病院に朝、電話連絡

したのですが高熱の症状を伝えるなり男の人が変わって電話口に出て問答無用で「保健所に連絡を」の

一点張りでした。「ハー?何それ」内心「ふざけやがって!」と思いつつ言われるがままに連絡しました。

電話口では保健所のフレンドリーな女性の声に安心をして経過を説明しました。

いくつかの質問にこちらも明るくフレンドリーに答えました。「病院を紹介しますからお待ち下さい」

との対応に安心して電話を置いたのを思い出します。待てど暮らせど当日の病院紹介の連絡は有りませんでした。

 皮肉な事に本日午前、K循環器病院に行って降圧剤を処方してもらってきました。

「自分の症状は相手に具体的に分かりやすく細かく伝えましょう」

フレンドリーに伝えると深刻な場面が損なわれる場合が有ります。

 

2021年2月25日 (木)

入院まで後4日

 昨年の本日はインフルエンザではないと確信をしていたのですが体温の高熱状態が下がらないので

お店はシャッターを上げて開店はしたのですが他人様(お客様)への感染リスクを考え訪問の

仕事は全てキャンセルさせてもらい体調好転のきざしを待っていました。

しかし下痢の症状がちょっと激しくなってきました。お腹の射し込み状態の痛さは有りませんでした。

そして体温も解熱剤の効用がなくなるとうなぎ登りに上がってしまいます。

食欲もすっかり失せてしまいました。食事は茶碗1/4のおかゆがやっと口に入る程度になってしまいました。

「口から入る食事は万能薬」

食事はゆっくり完食しましょう。

 

2021年2月24日 (水)

入院まで後5日

 昨年の天皇誕生日(23日)は日曜日だったので昨年の本日は振替休日だった。

体温は一向に下がる気配はなかったので行きつけの耳鼻科病院に夕方患者の少ない時間帯に

発熱の旨電話で伝えて出かけた。インフルエンザの検査結果は陰性との報告で先生共々安心しました。

処方薬は以前処方された解熱剤があったのでいつもの点鼻薬のみ処方してもらいました。

単なる風邪かなと決めつけ数日で平熱に戻ると確信して帰宅しました。

当日院内の患者さんと職員は少数といっても20人はいたと思います。

今の医療の3分~5分診療だから先生、看護師さんは濃厚接触者にはならなかったのかなと思います。

でも吸入器治療でおもいっきりスーハーの深呼吸を繰り返しウイルスをばらまいていたのも事実です。

治療室には私一人だったのでそれも幸いだったのではと思ってます。病院に感染を拡大させなかったのでよかったです。

 換気良し。密接短時間。密集なし。偶然にも見事な三密回避だったなと思います。

三密回避、マスク着用、手洗い、うがいが推奨実行されている現在どうして感染爆発は起こったのでしょう?

 

 

2021年2月23日 (火)

入院まで後6日

 今朝の朝刊オホーツク北見板(道新)で「感染者確認から1年。」との見出しが出ている。

道内初となるクラスターの発生、同22日に初めて感染者確認と記事にある。

確認された感染者は私ではない。私の感染確認はまだ10日以上先の事だ。

 私の平熱は35℃台だ。昨年の当日は37.8℃の発熱で解熱鎮痛剤を服用して安静にしていた。

食事等の時間はまだ居間ですごしていたと思う。体調は悪いがインフルエンザ特有の関節痛はなく

全体的な倦怠感はまだ感じられていない。咳、痰、下痢の症状も無く1日が過ぎて行った。

ただ解熱剤が効きはじめて体温が下がるまで体力の消耗が激しくつらい思いをしていた。

そして薬の効力がなくなると再び寒気が身体を襲ってくるのが嫌でつらかった。

単なる風邪かインフルを疑いつつ新型コロナウイルスに感染しているなど夢にも思っていませんでした。

 ただなにげに普段視聴するテレビの報道番組では過熱気味にコロナ感染症の話題が放送されていました。

恐ろしい病気、感染率の高い、致死率の高い感染症!なんだと不安だけが増幅していきました。

「報道にパニクってはいけない!」後に自分に言い聞かせました。

 

 

2021年2月22日 (月)

発熱!発症!

 昨年の本日は土曜日。日記帳には「発熱した!」の4文字のみ。

以後日記帳が記帳されるのは3月19日になります。それまでは私の10年日記は

空白が続きます。

 当日午後一番発熱の兆候が現れました。身体が半端なくこわいんです。(方言です。標準語での表現が分からない。かったるい、かな?)

仕事が結構忙しかったのは覚えているのですが記憶は夕方からあります。

従姉妹の旦那さんのお通夜のお参りに兄と参列。(仕事の関係で私は遅れて参加)読経が始まっていました。

弔問客は小ホールに満杯状態。(密集、密閉状態)

周りには叔母をはじめ近親者がずらりと座っています。三言くらい兄と会話(密接)。(兄の声が大きいのが気になる)

 お通夜のお参りを終えて、夜の友人6人との飲み会に1時間程度遅れて焼き肉屋に出席。広い客席はカウンターも含め満杯でした。

焼き肉は非常に美味しく楽しく大声で三密状態のなか1時間30分は過ごしましたがいよいよ体調が悪くなってました。

いつも真っ先に二次会に行きカラオケタイムで騒ぎまくるのですが残念ながら帰宅しました。

帰りのタクシーの運ちゃんとの会話で「北見でもいつコロナ患者でても不思議ジャーないよね」って笑ってお話

したのを覚えています。

帰宅後体温を測ると37.7℃。インフルエンザを疑い二次会場にいる友人にラインで連絡。みんなにうがい、手洗いをするようにと。

返信は「コロナウイルスじゃないといいね。」でした。

インフルエンザを疑った私はかみさんへの感染を防ぐため当日の夜から2階の部屋に移りました。

 当日の接触者は50人程度だと思います。感染者は出ていませんでした。 

「風邪症状は要注意!」

花粉症とは違う鼻水、くしゃみは要注意。

 

 

 

 

2021年2月21日 (日)

Xデー(2/22)まで後1日

 昨年の本日は金曜日。天候晴れ。最低気温マイナス12.7℃~0℃。

私の体調に関しては1行も記されていない。

仕事が結構忙しく体調は気にも止めていなかったのだと思います。

 コロナ発症までの潜伏期間6日目である。

当日午後、叔母から急な訃報の連絡が入り(従姉妹の旦那さん)自宅にお見舞い、お参りをしたのを思い出します。

従姉妹との距離は1メートル以内、滞在時間は30分程度。仏間の換気は十分とはいえない状態だったと思います。

密閉、密接の二密状態ではあったと思います。

当日の接触者、お客様と従姉妹合わせて4人程度には感染はしませんでした。

この日の私は無自覚(無自覚状態は以後何日も続きます)、無症状者状態だったのでしょうか?

 「些細な症状変化も見逃さないで!」

体温測定必ず表に記入しましょう。日々の体調変化目で見ましょう。

 

 

 

 

 

 

2021年2月20日 (土)

Xデー(2/22)まで後2日

 昨年の本日は木曜日。天候晴れ。気温は久しぶりに朝しばれた。マイナス16.4℃~プラス1.3℃。

新型コロナ感染の症状はかなり出てきている。軽い風邪引き状態で咳がときおり出て夕方痰が出た。と記帳している。

昨日の夜から背中を温めるために電気敷き毛布を使用して寝るようにしたのを思い出します。

 コロナ発症までの潜伏期間5日目である。

お客様との接触は納品、点検、修理等をいれて8人程度。当日接触したお客様に感染者は出ていない。

この日の入浴は体調不良を考え見送った。この日を境に私の入浴は4週間お預けとなるのです。

 本日も感染者が全国に多数出ています。濃厚接触者に指定された関係者はまさに

晴天のへきれきではないでしょうか。不安がのしかかると思いますが体力を信じましょう。

「体力勝負です!体力温存!体力増強!」

「よく食べ、よく寝て、適度にストレッチ!」

病に打ち勝つ自分の体力を信じましょう。

 

 

2021年2月19日 (金)

Xデー(2/22)まで後3日

 昨年の本日は水曜日。天候曇り、気温マイナス8.5℃~マイナス1.4℃。

暖かいんだけど体調が悪く悪寒が走り嫌な気分を我慢しつつお客様宅を訪問していた。

 コロナ発症までの潜伏期間4日目である。友人に感染させる!

午後冷蔵庫を納品するのに友人に手伝いを頼んだ。彼は当時風邪を患い

体調悪かったけど気前よく手伝いに応じてくれた。軽トラックの運転席での時間は

会話がはずむ、密閉、密接の空間であった。後に彼は新型コロナ感染症を発症する事になります。

車中、私も咳がときおり出るので「もうはやあんたの風邪うつったべや」と心の中で思っていました。

しかし逆に私の口から出る飛沫に乗りコロナウイルスは友人の喉に入り込んで行ったのが現実なのです。

日記帳にはコロナの話題は1行も書かれていない。当日のお客様の接触人数は合計10人程度だが感染者は出ていない。

 本日の報道話題はワクチンの事ばかり。

「ワクチンの接種は必ず受けましょう!」

ペルーの政府高官、政治家、その家族は抜駆け接種が国民にばれてスキャンダルになっています。

世界でワクチンの奪い合いがおきないよう願うばかりです。

 

 

 

 

2021年2月18日 (木)

Xデー(2/22)まで後4日

 昨年の本日は火曜日。天候は曇り。最低気温マイナス9.4℃~マイナス1.4℃。

雪が融けていた。接触人数はお客様5人程度(納品、点検等)。市中接触者(1メーター以内)は夕方スーパーに行ったので

15人~20人程度か?ノーマスクだが会話は一切ない。(なかったと思う)

当日接触したお客様には感染者は出ていない。全員セーフだ。

 コロナ発症までの潜伏期間3日目である。

日中身体が妙に寒く感じるので普段着る事のないセーターを着て仕事をした。

そして夜、昨日も記したが布団に入ってもどうも背中が温まらず寒いのです。

 本日は朝から売り出しのチラシ作りをワードで作っているのですがワードの知識が浅く

毎度おなじみの苦しみを味わいながらパソコンに向かい肩を凝らせています。

「風邪は万病のもと。」

昨年は体調変化を気にしてセーターを着込んだのですが・・・

 

 

2021年2月17日 (水)

Xデー(2/22)まで後5日

 昨年の本日は月曜日。天候は雪後曇り。最低気温マイナス9.9℃~マイナス4.2℃。

夕方娘にカラオケ倶楽部の新年会の会場に送ってもらった。と書かれている。

 コロナ発症までの潜伏期間2日目である。

新年会の参加人数は20人前後と記憶している。飲んで唄っての大宴会。

密接。密集。密閉のそれはそれは楽しい三密空間に3時間は滞在していました。

 私の喉に巣くうウイルス軍団はまだ口外にまではその魔の手は伸ばしていなかったのでしょう。

カラオケ倶楽部の仲間にその後感染者は出ませんでした。全員セーフでした。

しかし私の身体は徐々に異常を感じ始めていました。この日から布団に入っても背中が寒いのです。

 本日はワクチン接種のニュース一色。効果大の実績が出てるので期待度も大きく早く収束してほしいですね。

一昨日入院加療中の方から退院後の不安をお持ちのコメントを当ブログにいただきました。

「治りました!身体元気で元通り!」

昨年私が退院後の不安にドクターからいただいた言葉です。自分に言い聞かせましょう。元気が出ます。

 

 

 

 

2021年2月16日 (火)

Xデー(2/22)まで後6日

 昨年の本日は日曜日。晴れ後曇り。最低気温マイナス11.2℃からマイナス6.6℃。と記入されている。

昨日までとは変わり例年の2月の気温になっている。たわいもない、平和な日常が綴られている。

 新型コロナ感染症の発症までの潜伏期間1日目である。

私の喉の粘膜には新型コロナウイルスが増殖を開始したのではと思われます。

体調はまったく異常なし。昨日の寝不足の疲れも回復した感じでした。

 本年の今日は昨夜からの季節外れの雨で屋根から雪がかなり落雪している。

冷たい西風が時折強く吹き抜けるので店舗前の、のぼりを店内にかたずけた。

 所属するカラオケ倶楽部の役員会が午後予定されていたので出席してきました。

コロナ禍のため12月から休会を余儀なくされているので久しぶりに拝顔でき嬉しかった。

みんなとても元気だった。(でもコロナ禍の大風は身近に吹きまくっていました)

「 ちょとの元気が、それぞれの元気。それぞれの健康です!。」

 

 

 

 

2021年2月15日 (月)

新型コロナ感染症に感染!

 何故昨年の本日を感染日にしたのかは私なりに理由があるのです。

昨年の本日(土曜日)の日記帳には、昨夜仕事上の心配事が発生。

眠れない夜を過ごしたのだ。体調は睡眠不足ですこぶる不調状態だったからです。

展示会場、出勤前に1件、現場の仕事を片付けて遅れて会場入りをしました。

当日、感染者と思われる人と10分程度、至近距離(密接)でお話し、したのを思い出します。

会場は体育館なみの広さなのですが幅2メーター強の入り口(密閉)が一カ所のみ。

ブースが多数あるので時間帯によっては非常に混み合って(密集)いました。

見事に絵に描いたような三密が繰り広げられていました。(おまけに関係者、来場者の99%はノーマスク)

当時三密回避の予防策は発表されていなかったと思います。

 本年の今日は午後から雨降りです。

「寒暖の差には気をつけましょう!」

 

 

2021年2月14日 (日)

コロナ感染前日?

  昨日深夜、東北地方で発生した地震で被害を受けた皆様にお見舞い申し上げます。くれぐれもお身体大事にして下さい。 

 さて昨年の本日は金曜日。展示会初日だ。

日記帳には新型コロナ肺炎さらに感染者が増えるいっぽう。北海道でも二人目の感染者が出ている云々。

このように書かれている。

そして当日展示会会場では2人の感染者が来場者に商品説明をしていたのである。

今日現在、日本全国いや地球規模での感染爆発、私は想像もしていませんでした。

 密集、密閉、密接。この三密を避ける予防策が発表され感染防止に役立っています。

入院中に病院の指示で部屋の換気を指示されたのを思い出します。

闘病中の皆様

「窓を開け10分くらい換気をしましょう。」

 

2021年2月13日 (土)

コロナ感染2日前。

 昨年の本日は木曜日。天候晴れ。最低気温マイナス10.3℃~プラス8.1℃。

新型コロナ感染症の肺炎で国内初の死亡者が出たと発表されタクシーの運転手も感染。

クルーズ船感染者は200人云々と書かれている。コロナ感染の話題が日記帳の半分を占めている。

そして昨年の明日、金曜日からは春の売り出しイベントの2日間、展示会の予定だ。後に北海道初の新型コロナ感染症の大規模感染場所。

クラスターとなる現場だ。その会場設営の人の中に2人の感染者が紛れていたのです。

 本日も昨年同様最高気温はプラス3℃で暖かく、道はベチャベチャだ。

私の体調は報道される後遺症(ほんの若干味覚が分からない時があります)に悩まされる事なく快調です。

毎度自分に言い聞かせています。

「前向きに!いこう」

「積極的に!いこう」

2021年2月12日 (金)

感染3日前。

 昨年の本日は水曜日。日記帳には天候晴れ、最低気温マイナス17.9℃~プラス4.4℃。

道はベチャベチャ、車は汚れまくり云々、と書かれている。やはり新型コロナの話題は1行もない。

 本日15時現在で21名の感染者が確認されています。18,406例目と記されています。

私は74例目の男ですが・・・。

 学校及び職場感染、家庭内感染が多いのでしょうか。

それぞれの環境でどのように感染予防をするのか。具体的な予防対策は普段からの話し合いが大事ではと思います。

「体温測定は朝晩毎日記入!」

「体調変化絶対見逃さない!」

「体力回復の見極めは慎重に!」

 

 

2021年2月11日 (木)

コロナ感染4日前。

 昨年の本日は火曜日。日記帳には天候は晴れ。最低気温マイナス14.4℃。

韓流ドラマのスベクヒャンにはまっている。と書かれている。やはり新型コロナ感染症の話題は1行もない。

 今日現在はコロナに関する報道の話題はワクチンばかり。

ワクチンは薬でも予防薬だ。特効薬ではない。

体力が万能薬であり、じわりと元気になるいわば自然治癒薬(自然治癒力)だと思います。

「あせらずに」

「体力勝負」

「睡眠しっかり」

 

2021年2月10日 (水)

コロナ感染5日前

 昨年の本日は月曜日。日記帳には天候曇り、最低気温マイナス15.9℃

午前中に展示会の案内状全て配り終えたと書かれている。

普段通りの日常だ。コロナウイルスの話題は1行もない。

 本日午前中、女満別の仕事を終了させてから網走まで足をのばしました。

昨年入院。お世話になった網走厚生病院をほぼ一年ぶりに眺めてきました。

6階の隔離病棟、昨年毎日眼下に見ていた場所(向かいの住宅の駐車場)から

私のいた部屋の窓を外から眺めてきました。陽光の反射が綺麗。

現在も誰か入院加療しているのかなと思いつつ・・・。

「コロナウイルス身体から追い出しましょう!」

「トイレ出勤時はマスク必着、アルコール消毒!」

「追い出したウイルスは二度と絶対身体に入れない!」

 

2021年2月 9日 (火)

コロナ感染6日前。

昨年の本日(2月9日)は日曜でした。日記帳には

天候晴れ最低気温マイナス29℃と書かれています。

お客様からの呼び出し電話で起床、朝食は炒り卵焼きでパンを食べて、云々。

普通の日曜の一日が経過しております。コロナ感染症の話題は有りません。

そして今日。

私はパソコンに向かっています。

コロナに感染して闘病している皆様に、ドクター、看護師さんに元気を贈りたくて。

「大丈夫!」

「なんとかなります!」

「食事はゆっくり、よく噛んで完食しましょう」

 

 

2021年2月 8日 (月)

新型コロナウイルスに感染してほぼ一年になります。

2月14日、15日が近づいてきました。

昨年今頃、横浜の港では大きなクルーヅ船が連日報道されていました。

船内での新型コロナウイルス感染症の蔓延ニュース。

連日連夜の報道で日本全国が不安の渦の中に。

この地、北見、北海道の端っこに報道されているウイルスが飛んでくるなんて

夢にも思っていませんでした。

そして現在。日本全国に不安の中に入院加療、ホテル療養、自宅療養されておられる方が数多く

いらっしゃいます。ご家族の皆様のご心配も察し申し上げます。

少しでも不安をやわらげていただければと私の入院経験などを綴っていこうかなと

思い、なれないパソコンに向かってみました。

「必ず元気になります。全快します。治る病気です。」「睡眠をしっかりとりましょう」

 

 

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